History
ヒストリー

1989年 県立高校入学し夏休みに初ミニバイクレース参戦(ラリーキッズ伊那)NSR50R
1990年 夏休み、スポーツランドSUGOにピットクルーとして参戦
1991年 NSR250Rを購入。筑波サーキットで練習走行を開始
1992年 予算がなくなったため仕事に集中する
1995年 仕事をしながらメカニックとしてエリア選手権参戦
1997年 念願の市販レーシングマシンRS125を購入し参戦準備開始するも、断念
1998年 11月 企業スポンサー契約。夢に見ていたレース参戦。
筑波サーキットグランドスラム4参戦予選は通過するが、最終コーナーで大クラッシュ
12月末に一般公道を乗用車で走行中に事故に巻き込まれる。この時の怪我で首、右手を痛める
1999年 1年間のリハビリ生活からカムバック。
筑波サーキットグランドスラム4参戦、予選通過するも、メカニカルトラブルで1周してリタイア
2000年 6月北海道十勝インターナショナルスピードウェイにて4輪A級ライセンス取得。
8月完全復活後、茂木7時間耐久レースに参戦(VTR-1000SP)
TEAM TUBE RIDERSフリー走行中に転倒し生死を一瞬さまようも現世に戻る。
右半身筋肉挫滅という状況でしたが、耐久レースのためリタイアは出来ないとチームに言われ痛み止めを打ちつつ走行。
予選13位、決勝34位で終わる
2001年 リハビリと仕事、スポンサー活動に専念する
2002年 怪我も順調に回復し8月頃FJ1400にて練習再開(ツインリンクもてぎ)
革ツナギのメーカーKUSHITANIのモデルとして活動。
4輪ホイール協会のプロモーションビデオのモデルとして活動
2003年 4輪ラリーアジアクルスカントリーラリーに雑誌の企画で参戦(タイランド〜マレーシア)
5日間で2500kmを制覇し初参戦初クラス優勝の快挙(T1-Dieselクラス優勝)
日本テレビMobi出演(3回)帰国後、2004年の四輪レース活動を始める
2004年 スーパー耐久レース参戦、HOT ROD CRUE Racing TEAMを立ち上げる開幕戦。
ツインリンクもてぎで初参戦初優勝するも、参戦予算を使い込まれ以降参戦断念。4月から借金返済のため働き尽くす
2006年 仕事のストレスから病気にかかる。(脊髄硬膜動静脈痺疑い)検査と入院をくりかえす
2007年 病気も少し回復。アジアクロスカントリーラリー参戦。ノーマルガソリンクラス5位
2008年 仕事と病気の治癒に集中する
2009年 12月エージェントSpeed of Japan所属
2010年 仕事とスポンサー活動
2015年 5月夢にまで見たNASCARのテスト走行、合格(Hickory Motor Speedway)
2016年 9月レース参戦前の練習走行Hickoryのチャンピオンのコンマ1秒落ちのタイムを叩き出す
2018年 3月アメリカノースカロライナ州シャーロット郊外にあるヒッコリーモータースピードウェイでレース参戦
雨のため初参戦は中止。以降、スポンサー活動に専念する
2019年 5月再び渡米、オーバルコースの奥深さを知り走りが変わる
2020年 3月スポンサー企業と視察のため渡米予定でしたがコロナウイルスの影響で全てキャンセルに
2021年 3月新天地インディアナ州スピードロームスピードウェイにて参戦準備

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